いさましくて、かっこいい

大学の友人に会いに行った帰りに、集合場所のすぐ近くにあった靖国神社に足を運んだ。どっちかといえば俺は左寄りの人間なんだけどでもそれはどっちでもいいことで、いろいろ言われている靖国神社を自分の目で見てみたかった。


でっかい鉄製の鳥居を抜けて本殿へ参拝。12月くらいからお参りするときには
旅の無事を祈願することにしている。今回はそれに加えて戦没者のことを思い浮かべる。246万の英霊が祀られているそうだ。


宝物や遺品が展示されている遊就館へ。一階の目を惹くところに大きな機関車。大戦中にタイに敷かれた鉄道で走っていたらしい。すごく綺麗に黒光りして誇らしげ。二階に上がると、ミニシアターのようなところで第二次大戦の映像が流されていた。戦わざるを得ない状況になって立ち上がったんだと、勇ましい声のおばさんが語るのはどこか北のあの国に似てる。
それから日本の戦いの歴史を見ていく。神武天皇から始まり、源平や戦国時代、幕末を経て20世紀。ここからが長い。日露戦争での日本の勝利や、満州国建設への道筋。そして太平洋戦争。
基本的には戦史、大局的な視点から展示がなされているのだけれど、兵士の物語もあった。撃たれても任務を続けた兵士、部下を探しに行って銃弾に斃れた上官...。硫黄島からの手紙に登場していたバロン西と栗林中将。彼等は勇敢な軍人。
大きな展示品コーナーには大砲や戦闘機と一緒に特攻兵器もならべられていた。とにかく全体の雰囲気が重厚で勇ましくて、男らしくて、華々しいエピソードばかりで。格好いいのだ。日本はよくやった。素晴らしい国だ。俺が子どもだったらきっと帰りにミュージアムショップでゼロ戦のプラモデルを買ってもらって帰るだろう。
先月、鹿児島の知覧特攻平和会館に行った。そこも大戦中の日本軍に関する記念館で、戦闘機や特攻兵器や武器や遺物を展示してあるところは同じ。無くなった方々の写真が並んでいるところも同じ。だけど、何かが違った。知覧では特攻兵達の最期の手紙や、最期の写真がそれこそ出撃者の数だけあって、皆お国のために行ってきますと書いていた。戦果は無く、声だけがあった。一人一人の個性や生きたいという意志がひしひしと伝わってきた。胸が痛かった。周りには涙を流している人もいた。靖国神社では、特攻の心意気こそ同じだが、伝わってきたのは彼等の勇敢さ、強さ。


どちらがいいとか悪いとかを言いたいわけではなく、戦争についての視点は関わった人の数だけあり、それぞれの思いがある。一昔前の人たちは、日本を守るために一生懸命戦ったんだと思う。ただ、それを表現する方法が違うだけだ。
知識も経験もなく、あまりにも若い俺は、ただあちこちを見る事しか出来ない。見ることで、少しでも考えたい。