その距離5メートル

先週、手塚治虫漫画賞てのが発表になった。
大賞は吾妻ひでお失踪日記」。
描けなくて鬱になった漫画家が失踪、ホームレス化する体験談。
これ、1年以上前に出た本で、当時作者を全然知らないながら菊地成孔推薦だったりあちらこちらで絶賛されてたりで。
実際読んでみたら信じられないくらい面白かった。
そんなことを思い出しながら、受賞を契機に本棚から引っ張って来て再読。
 
やはりというか当然というか前回ほどの衝撃は無かった。
なぜなら作者の運命がわかってるから。
当時は壮絶で出たとこまかせな体験を読むにつれ、このさき作者はどうなるんだろうかとかなり不安になったが、今回はその後の運命を知っているために安心して読んでいられる。
初読の時には作者が鳥籠に仕掛けられたえさ=みかんひときれを盗み食いして
「ジューシー」と微笑むのに爆笑したが、今回は爆笑でもない。可笑しいが。
読んでて凄いと思うのは、作者が自分をさめた視点で見ていること。
半分以上のコマで、「自分」から5メートル引いたアングル。
全身が描写されてる。俺は自分をそんな距離から見つめることなんて考えたこともない。どんなに冷静に物事を考えているときだって、自分の意識と肉体は1メートルも離れていないだろう。こうしてキーボードを叩いている時すら、部屋の真ん中にぽつりとある自分の背中を思い描くことはできない。なんだか寂しくなるから。
でも、それが吾妻ひでおにはできる。
ゴミ捨て場で食料を探す自分や、シケモク吸って真夜中さまよう自分、
幻覚にやられる自分を5メートルの距離で切り取って、それを笑いの原料にする。漫画を描けなくなったから失踪したのに、途中で漫画を投稿し始め、それをまた漫画に体験談として描くことで笑いに変える。
そんなことは普通の人にはできない。
 
もうそんな過酷な作業はいいから、気楽に暮らしたほうがいいよ。と思う一方で
まだ描いてないことを読ませてもらいたいと願ってる俺もいる。
だって面白いんだ。